大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 平成7年(ワ)464号 判決

原告

株式会社伸糖

右代表者代表取締役

川邉伸一

右訴訟代理人弁護士

高田典子

被告

大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

瀨下明

右訴訟代理人弁護士

島林樹

野田部哲也

藤本達也

河野美秋

被告

興亜火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

辰馬輝彦

右訴訟代理人弁護士

上野光典

右訴訟復代理人弁護士

春島律子

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告大東京火災海上保険株式会社は、原告に対し、金一八八四万一三〇〇円及びこれに対する平成七年二月一四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告興亜火災海上保険株式会社は、原告に対し、金一八八四万一三〇〇円及びこれに対する平成七年二月一四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は、原告が、被告らとの間で締結した火災保険契約に基づき、各被告に対し、それぞれ保険金一八八四万一三〇〇円及び訴状送達の日の翌日である平成七年二月一四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。

二  争いのない事実等

以下の事実は争いがないか、又は括弧内掲記の証拠により容易に認めることができる。

1  原告は、主に砂糖菓子製造等の冠婚葬祭贈答用品を製造する会社である。

2  原告は、平成六年四月一三日、被告大東京火災海上保険株式会社(以下「被告大東京」という。)との間に次のとおりの火災保険契約を締結し(以下「第一契約」という。)、保険料七万二四〇〇円を支払った(甲一)。

①保険期間 平成六年四月一三日午前九時から平成七年四月一三日午後四時まで一年間

②保険種類 店舗総合保険

③保険金 基本四〇〇〇万円

④保険の目的 商品

3  原告は、平成六年六月一五日、被告興亜火災海上保険株式会社(以下「被告興亜」という。)との間に次のとおりの保険契約を締結し(以下「第二契約」という。また、第一契約及び第二契約をあわせて「本件各契約」ということがある。)、保険料七万二四〇〇円を支払った(甲二)。

①保険期間 平成六年六月一五日午後二時から平成七年六月一五日午後四時まで一年間

②保険種類 店舗総合保険

③保険金 基本四〇〇〇万円

④保険の目的 商品・製品等一式

4  第一契約及び第二契約には、いずれも店舗総合保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)が適用され、本件約款には以下のような趣旨の記載がある(乙イ一)。

(一) 保険金を支払わない場合(本件約款二条)

一項 当会社は、次に掲げる事由によって生じた損害または傷害に対しては、保険金を支払いません。

(1) 保険契約者、被保険者またはこれらの者の法定代理人(保険契約者または被保険者が法人であるときは、その理事、取締役または法人の業務を執行するその他の機関)の故意もしくは重大な過失または法令違反

(二) 通知義務(本件約款一七条)

一項 保険契約締結後、次の事実が発生した場合には、保険契約者または被保険者は、事実の発生がその責めに帰すべき事由によるときはあらかじめ、責めに帰すことのできない事由によるときはその発生を知った後、遅滞なく、書面をもってその旨を当会社に申し出て、保険証券に承認の裏書を請求しなければなりません。

(1) 保険の目的と同一の構内に所在する被保険者所有の建物または建物以外のものについて、他の保険者と店舗総合保険契約その他第一条(保険金を支払う場合)第一項から第五項までの事故または第七項の事故を担保する保険契約を締結すること。

三項 第一項の事実がある場合には、当会社は、その事実について承認裏書請求書を受領したと否とを問わず、保険証券記載の保険契約者の住所にあてて発する書面による通知をもって保険契約を解除することができます。

(三) 保険契約の無効(本件約款一九条)

保険契約締結の当時、次の事実があったときは、保険契約は無効とします。

(1) 他人のために保険契約を締結する場合において、保険契約者が、その旨を保険契約申込書に明記しなかったとき。

(四) 損害または傷害発生の場合の手続(本件約款二六条)

一項 保険契約者または被保険者は、保険の目的について損害が生じたことを知ったときは、これを当会社に遅滞なく通知し、かつ、損害見積書に当会社の要求するその他の書類を添えて、損害の発生を通知した日から三〇日以内に当会社に提出しなければなりません。

四項 保険契約者または被保険者が、正当な理由がないのに第一項または第二項の規定に違反したときまたは提出書類につき知っている事実を表示せずもしくは不実の表示をしたときは、当会社は、保険金を支払いません。

5  火災事故の発生

原告の本店住所地にあった原告使用の鉄骨スレート造二階建延床面積二三一平方メートルの建物(以下「本件建物」という。)は、平成六年七月一六日、火災により滅失し(以下「本件火災」という。)、本件建物内にあった原告の商品・製品等一式は全て焼失した(乙イ二)。

6  保険金の請求と支払拒絶

原告は被告らに対し、右同日ころ、必要書類添付の上第一契約及び第二契約に基づき各保険金の支払いを請求したが、被告らはいずれもその支払を拒絶した。

三  争点

1  本件火災は、故意による事故招致に当たるか。

2  原告は、被告らに保険金を請求するに際して、損害額につき不実の表示をしたか。

3  本件各契約は、他人のために締結されたものか。

4  原告は、被告大東京に対する通知義務に違反したか。

5  原告の本件各請求は、信義則に反し許されないか。

四  争点についての被告らの主張

1  故意による事故招致

本件火災の現場の状況、原告の経営の実状、本件各契約締結の経緯、原告の請求保険金の額及び権利行使の方法その他本件火災の背景事情を総合すると、本件火災は、原告の取締役あるいは実質上これを経営する甲野太郎(以下「甲野」という。)による放火である。

したがって、故意による事故招致に該当し、本件約款二条により、被告らは免責される。

2  損害額の不実表示

原告は、商品の損害額を、三七六八万二六〇〇円と申告したが、真実は、八八二万七四六七円にすぎなかった。なお、原告代表取締役川邉伸一(以下「原告代表者」という。)が那珂川町消防本部に提出した罹災物品内訳には、製品及び商品の損害見積額が合計一一一〇万円であるとの記載があった。

したがって、原告は、商品の損害について、現実の損害額よりも著しく過大な申告をしており、本件約款二六条により、被告らは免責される。

3  被保険利益の不存在

本件各契約の目的である商品は、福糖産業株式会社(以下「福糖産業」という。)又は有限会社伸糖が所有者であり、本件各契約は他人のためのものであるにもかかわらず、原告はその旨を契約書に明示しなかった。

したがって、本件約款一九条により、本件各契約は無効である。

4  通知義務違反(被告大東京)

原告は、被告大東京と第一契約を締結した約二か月後に、被告興亜と第二契約を締結したにもかかわらず、そのことを被告大東京に通知しなかった。

被告大東京は、本件約款一七条により、第一契約を解除した。

5  信義則違反

右各事実を総合すれば、原告の各請求は、信義誠実の原則に反し許されない

五  争点についての原告の主張

1  故意による事故招致

本件火災が、放火であるとの被告らの主張は、不確実な推測によるものにすぎない。

また、本件約款二条は、故意による事故招致の主体を法人の「理事、取締役または法人の業務を執行するその他の機関」と規定しているところ、甲野は、原告の監査役にすぎず、右約款の文言に該当しないし、本件各契約の目的物の危険を事実上管理する者にも該当しない。

2  損害額の不実表示

原告主張の損害額は、原告取締役川邉タツ子(以下「タツ子」という。)等の記憶に基づいて算出したものである。

本件火災当時、本件建物には、原告の年間売上げの約六〇パーセントにあたるお盆向けの商品等が大量に存在した。原告の年間売上げは、約六〇〇〇万円近くあったので、原告の申告は、故意に実際の損害額とかけ離れた損害を主張するものではなく、「不実表示」に該当しない。

3  被保険利益の不存在

本件各契約の目的物は、本件火災以前に、福糖産業から原告に譲渡されていた。

そして、原告及び福糖産業は、原告代表者の親族等を構成員とする小規模閉鎖会社であるから、福糖産業から原告への資産の譲渡について、商法が予定する明瞭な手続で説明することは原告に期待できない。

4  通知義務違反(被告大東京)

甲野は、被告興亜と契約を締結する際、被告大東京の代理店オフィスネットワーク株式会社(以下「オフィスネットワーク」という。)に対し、電話で、第二契約を締結することを通知した。

第三  争点に対する判断

一  前提事実

1  福糖産業について

証拠(甲一五、乙イ一〇、二一、二二、証人忠地、同タツ子)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 登記等から認められる事実

福糖産業は、昭和四四年頃、タツ子の個人企業として発足し、昭和五〇年九月に株式会社組織に変更された。当時の取締役は、川邉三男(以下「三男」という。)、小石原憲太郎、タツ子であり、代表取締役はタツ子、監査役は川邉トリ(以下「トリ」という。)であった。同社の目的は、真空包装、成形砂糖製品の製造及び販売、記念品、贈答商品の販売等であった。

なお、トリは三男の母、三男はタツ子の夫であり、同人らは、福岡県筑紫郡那珂川町中原見晴が丘〈番地略〉所在の建物(以下「原告代表者ら居住建物」という。)に居住していた。

福糖産業は、昭和五一年頃には年商が四億円強にまで達したが、異業種の進出による価格競争激化のために、関西以西における独占が許されなくなり、昭和五九年頃、取引先の倒産のあおりを受けて、連鎖倒産した。しかし、取引先の再建への協力もあり、昭和六〇年五月、和議が開始され、同年八月、和議認可が確定した。

福糖産業の役員は、平成元年一〇月、取締役が三男、タツ子、原告代表者に、代表取締役が三男に変更となった。福糖産業は、平成三年一〇月、本店を現在の原告所在地に移転したが、平成八年六月、株式会社の最低資本金に達していないとして、職権で解散登記がされた。

(二) 福糖産業の経営状態等

(1) 福糖産業は、税務署に提出した申告書において、昭和六一年九月一日から平成三年八月三一日までの各事業年度において、多額の欠損金を計上していた。なお、平成三年九月一日から平成四年八月三一日までの事業年度については、申告がなかった。

(2) 平成元年九月一日から平成二年八月三一日までの事業年度については、平成二年八月三一日現在の貸借対照表に、流動資産のうち、売掛金として二〇二八万三九一三円、製品として一四四万一九六八円、原材料として八二万八一四〇円が計上され、流動負債として合計三〇三三万九四七四円が計上されていた。当期末処理損失は九四九七万七一四〇円であった。

右事業年度の損益計算書には、売上高として六五二一万七一〇八円が計上されていた。

また、税務署に提出した申告書中の、棚卸資産の内訳書には、平成二年八月三一日現在の棚卸資産として七五五万〇九九一円が計上されていた。

(3) 平成二年九月一日から平成三年八月三一日までの事業年度については、平成三年八月三一日現在の貸借対照表に、流動資産のうち、売掛金として二三九七万八五三九円、製品として一四万五四九五円、原材料として五三万二六一七円、貯蔵品として六四七万〇二一七円が計上され、流動負債として合計四四八二万八六〇九円が計上され、当期未処理損失として一億〇〇三八万六五四〇円が計上されていた

右事業年度の損益計算書には、売上高として七四四九万一七二二円が計上されていた。

また、税務署に提出した申告書中の、棚卸資産の内訳書には、平成三年八月三一日現在の棚卸資産として合計七一四万八三二九円が計上されていた。

(4) 前記のとおり、福糖産業について、昭和六〇年八月に和議認可の決定がなされ、その内容は、債権の五〇パーセントを免除して、残額を一〇年間で支払うというものであったが、福糖産業は、三年間程はこれを履行したものの、その後は完全には履行していない。

なお、福糖産業は、平成五年一二月、振出手形を二回にわたり不渡りとして、事実上倒産した。

2  有限会社伸糖について

証拠(甲一五、乙イ一一、二一、証人忠地、同タツ子)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 登記等から認められる事実

有限会社伸糖は、昭和六一年、有限会社丸新として、当時の福糖産業所在地で設立され、その目的は、砂糖及び贈答品の仕入、販売等とされていたが、福糖産業では新規の融資が受けられないので新会社を作ろうとのタツ子の考えもあって、平成四年五月に、商号が有限会社伸糖に変更され、同時に、原告代表者、野上巌夫、川邉万知代(以下「万知代」という。)が取締役に、原告代表者が代表取締役に、それぞれ就任した。なお、万知代は、原告代表者らの居住建物に居住していた。

しかし、有限会社伸糖の商業登記簿は、平成四年六月に閉鎖され、その後、商号が有限会社昂和と、目的が不動産の賃貸管理運用にそれぞれ変更され、従前の役員は全員辞任した。

(二) 有限会社伸糖の経営状態

(1) 平成四年四月一日から平成五年三月三一日までの事業年度について、平成五年三月三一日現在の貸借対照表には、流動資産のうち売掛金として二一九万九三二七円、製品として四七万四八二〇円、原材料として四〇万〇三七一円が計上され、流動負債として合計一〇八〇万一〇二六円が計上され、当期末処理損失として一七万七五八四円が計上されていた。

右事業年度の損益計算書には、売上高として五五〇六万四三二八円が計上されていた。

(2) 平成五年一月から一二月までの各月の、主要な取引先から有限会社伸糖の管理下にある預金口座への入金合計は、三五九八万二九八六円であった。

また、株式会社リョーユーパン(以下「リョーユーパン」という。)からの入金は、合計一五〇〇万円以上であった。

(3) 有限会社伸糖は、取引先との関係から、福糖産業の当座預金口座を利用し、また、福糖産業の負債を支払い、福糖産業の設備等の資産も引き継いだ。

3  原告について

(一) 証拠(甲一五、乙イ一二、二一、三〇の1及び2、三一、証人北村、同忠地、同タツ子)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 登記等から認められる事実

原告は、甲野関与の下に平成元年設立された株式会社の利用により設けられた会社であり、平成六年二月、取締役及び代表取締役に原告代表者が重任し、三男、万知代が取締役に、甲野が監査役にそれぞれ就任し、目的が冠婚葬祭用贈答品の製造等と変更された。なお、本店所在地が福岡県太宰府市大字太宰府〈番地略〉に変更された後、同年五月二四日の株主総会決議により、本店を原告所在地に移転するとともに、原告が福糖産業及び有限会社伸糖の営業権を引き継ぐこととされた。

原告の経営は、受注生産が主であったが、タツ子がほとんど取り仕切り、原告代表者は、営業と機械の整備等を担当していた。

(2) 原告の経営状態

福糖産業以来のリョーユーパンとの取引は、平成六年には停止された(タツ子は、平成六年中も、リョーユーパンから仮発注があったと証言するが、右証言は曖昧であり、根拠として提出された書面(甲一六の1ないし3)も、原告に対する発注を裏付けるものかは、疑わしく、採用できない)。

原告は、製品を包装するため、加熱器(シュリンクトンネル)を使用していたが、その他に電力を大量に使用する設備機器を有していなかった。したがって、原告の製造活動が活発になれば、電力使用量も増加した。平成五年及び平成六年の五月から七月の電力使用量は、以下のとおりであった。

平成五年五月 一五五九キロワット時

六月 三六七二キロワット時

七月 七三〇四キロワット時

平成六年五月 九六五キロワット時

六月 二五三九キロワット時

七月 二〇五七キロワット時(但し、七月一五日まで)

右のとおり、平成六年の電力使用量は、平成五年に比べて、五月が約六〇パーセント、六月が約七〇パーセント、七月が約五五パーセントに低下していた。

また、電灯使用量は、以下のとおりであった。

平成五年五月 四八五キロワット時

六月 五八四キロワット時

七月 七六九キロワット時

平成六年五月 三一九キロワット時

六月 三五五キロワット時

七月 一八八キロワット時(但し、七月一五日まで)

右のとおり、平成六年の電灯使用量は、平成五年に比べて、五月が約六五パーセント、六月が約六〇パーセント、七月が約五〇パーセントに低下していた。

(二) 本件火災直前の原告の営業状況について検討するに、右認定事実及び前記1、2で認定された事実を総合すれば、福糖産業から有限会社伸糖、原告と経営の実態には変更がなかったところ、平成二年九月から平成三年八月までは約七四〇〇万円あった売上高が、平成四年四月から平成五年三月までは約五五〇〇万円に減少し(なお、乙イ二一号証によれば、平成五年一月から一二月までの預金口座への入金額合計は約三六〇〇万円であったことが認められる。)、さらに、本件火災が発生した平成六年には、大口の取引先であるリョーユーパンとの取引停止もあり、原告の経営状態は悪化していたものと認められる。

この点、タツ子は、親族から約三〇〇〇万円を借り入れていたから、運転資金に困ることはなかったと証言するが、これを裏付ける証拠は乏しく、採用できない。なお、前記認定のように、昭和六〇年に福糖産業が和議となった後も右各会社は赤字を重ねてきたこと及び売上が低下してきたこと等に照らせば、仮に右貸付けがあったとしても、原告の営業状態が好転していたとは認め難い。

4  甲野の原告への関与及び本件各契約締結の経緯

証拠(甲五、六、一二の1及び2、一三の1ないし4、一四、一五、乙イ一三の1及び2、一四の1及び2、一八、二一、三三、三六ないし三八、四一の1ないし4、乙ロ三ないし五、証人北村、同忠地、同森永、同山下、同小野、同タツ子)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 甲野の経歴

甲野は、「中小企業経営コンサルタント」を名乗り、株式会社明和ビル(以下「明和ビル」という。)の代表取締役である。同社は、昭和五九年に設立され、融資及び融資のあっせん、保証並びに代行業務等を目的とする会社であり、甲野は、平成二年取締役に、平成四年代表取締役に就任した。

また、甲野は、株式会社品川総合経済研究所の代表取締役でもあり、同社は、平成三年に設立され、融資及び融資のあっせん、保証並びに代行業務、損害保険代理店業等を目的とする会社であり、本店所在地が、平成七年八月、福岡県太宰府市大字太宰府〈番地略〉から、原告代表者ら居住建物の所在地に移転した。

(二) 経営コンサルタントとしての甲野の活動

甲野は、平成五年一一月頃、タツ子に紹介され、同人らのための経営コンサルタントに就任した。甲野は、債権の取立て、商品の卸価格の値上げ、甲野自身の資金の投入などにより、福糖産業、有限会社伸糖及び原告(以下「原告ら三社」ということがある。)を、立ち直らせることができると判断した。もっとも、その後、取立ては、ほとんど行われなかった。

甲野は、その頃から、原告ら三社の帳簿等関係書類の分析作業に入り、タツ子に指示して、同月、福糖産業振出手形を二回にわたり不渡りとし、福糖産業を事実上倒産させた。なお、タツ子は、このような処理に当初反対していたが、結局、甲野の指示に従った。

同年一二月一日、三男及びトリは、原告代表者ら居住建物及びその敷地を、一〇〇万円で甲野経営の明和ビルに売却したが、その際、抵当権の被担保債権の弁済については売主らが責任を負うという特約が付された。しかし、右物件については、競売が申し立てられ、第三者が競落したので、その後、明和ビルが右第三者から三千数百万円で買い取ることになった。

平成六年一月一三日、甲野は、明和ビルの代表者として、有限会社伸糖とコンサルタント契約を締結した。同年二月、甲野と原告との間にコンサルタント契約書(ただし、日付は右平成六年一月一三日と記載された。)が作成された。右契約書では、明和ビルが、コンサルタント指導料として原告の成功利得総額の二パーセントを、成功報酬又は融資あっせん手数料として成功利得総額の五パーセントを受け取るものとされていた。また、右契約書には、原告は明和ビルの指示指導に全面的に従うという念書が添付されていたところ、実際、タツ子は甲野の指示に全面的に従っていた。

タツ子は、有限会社伸糖としての経営は、会社規模が小さいため、取引先から従前どおりの取引ができるかどうか疑問を呈されていたこともあり、甲野のアドバイスにより、同年二月頃、一3(一)のとおり休眠会社の商号変更等により原告を独立させた。タツ子は、甲野が原告の社長に就任して経営再建に当たるものと考えていたが、甲野は、原告会社の監査役に就任した。

また、原告は、同月頃、原告が福糖産業及び有限会社伸糖の取引を引き継ぐ旨の甲野起案に係る通知書を取引先に送付した。

原告は、同年三月、甲野のアドバイスに従い、商品の卸価格値上げを取引先に通知したが、結局値上げはできなかった。

なお、福糖産業、有限会社伸糖及び原告代表者は、同年五月頃、福糖産業及び有限会社伸糖がその営業権を原告に譲渡することを了承する旨の確約書と題する書面を作成したが、その際、甲野との間で、甲野が経営コンサルタントとして経営に関与して四年ないし五年経過しても原告の業績が回復しない場合に甲野が原告の株式を取得することや、原告の経営が安定しても、タツ子の経営がずさんであった場合には、原告を明和ビルが買い取ることを右三者が承諾することが合意された。

甲野は、原告の手形決済の資金等の運転資金として約三〇〇〇万円ないし四〇〇〇万円を支出したが、右支出に関する借用証は作成されず、利息の約定もなく、原告は、右金員を現在まで全く返済していない。

(三) 本件各契約締結の経緯等

(1) 本件各契約締結前の状況

福糖産業は、平成四年八月七日、本件建物について、オフィスネットワークを通じて被告大東京と、保険金額九七四万円、保険料一万五〇〇〇円で火災保険契約を新規に締結したものの、同年九月四日には右契約を解約し、同日、本件建物内の什器備品について、被告大東京と、保険金額五三九万五〇〇〇円、保険料一万五〇〇〇円で再度火災保険契約を新規に締結した。

(2) 第一契約について

福糖産業は、平成五年一二月頃、事実上倒産し、本件建物の賃料を約一五〇万円滞納していたため、本件建物の管理会社であり被告大東京の代理店でもあるオフィスネットワークが、原告代表者らに立ち退きを要求したところ、甲野から交渉の申出があり、結局、福糖産業が滞納分を支払うことになった。

平成六年三月、甲野は、右滞納賃料をオフィスネットワークに持参した際に、本件建物内の商品について、保険金額二〇〇〇万円位の火災保険契約を締結したいと申し込み、その見積りを依頼した。その後、甲野は保険金額を四〇〇〇万円にしてほしいと依頼したので、オフィスネットワークは、保険金額二〇〇〇万円と四〇〇〇万円の各見積りを作成し、甲野に送付したところ、甲野は保険金額四〇〇〇万円を選択した。その後、保険料がオフィスネットワークの口座に振り込まれ、第一契約が締結された。

(3) 第二契約について

保険代理店を経営する山下浩一郎(以下「山下」という。)は、甲野とかねてから親しく、平成六年六月頃は被告興亜の保険代理店研修生であった。山下は、研修生としてのノルマがあったため、同月一五日、甲野に保険の勧誘をしたところ、甲野はいったんは断った。しかし、山下が、商品の全額について保険に入っていない場合で、一部だけが焼失したときには、焼失した部分について全額の給付を受けられない等と説得したところ、原告の商品には保険を約半分しかかけていない等と甲野が返答したため、山下は残りの半分について被告興亜火災の火災保険に加入するように勧誘した。そこで甲野は、第一契約の保険証書を山下に見せ、第一契約と同様の内容になるように依頼し、原告の名義で保険料を仮払いし、第二契約を締結した。その後、山下は、原告代表者に火災保険契約を締結したことを報告したが、内容の説明は特にしなかった。山下は、当時、保険料の計算方法を十分理解していなかったため、被告大東京の計算をそのまま利用することとした。

山下は、第二契約とは別に、平成六年六月一七日付けで、原告の設備什器についても、甲野を介して保険契約を締結した。後日、山下及び被告興亜の営業担当者寺田は、原告に赴き、右保険契約の目的物を確認したが、山下は、経験不足のため設備什器の評価ができず、もっぱら寺田が評価を行った。当時、山下らは、商品の在庫については、特に注意を払っておらず、一五分程度本件建物内部を検分するだけであった。

5  本件火災の原因

(一) 証拠(乙イ)によれば、以下の事実が認められる。

本件建物の焼損状況は、一階北側の作業場内の焼損が最も激しく、二階事務所は焼け落ちて落下し、屋根を支える鉄骨は、一階作業場を中心に高熱のため曲がり落ちていた。一階作業場においては、壁よりの機械・スチール棚等は焼損が弱く原形をとどめているのに対し、その中央に置かれた作業台は原形を残さず焼損しており、右作業台に連なる包装機械(シュリンクトンネル)も焼損が激しかった。

本件火災は、平成六年七月一六日午前零時五九分に本件建物近隣住民により発見され、一一九番通報された。

一方、原告代表者らは、前日午後一一時頃まで仕事をして、午後一一時三〇分頃退社した。

(二) 右事実によれば、本件火災は午前零時三〇分頃発生し、出火場所は本件建物一階の作業台付近であったと推認することができる。

(三) 放火以外に考えられる出火原因について検討する。

(1) シュリンクトンネルの加熱

証拠(乙イ二、証人野々村)によれば、シュリンクトンネルは、焼損状況に照らし、通電していなかったと認められ、シュリンクトンネルの加熱が出火原因とは考えられない。

(2) 電気配線のトラブル

証拠(乙イ二、七、証人野々村)によれば、本件火災については、漏電及び線間短絡により通常生ずる炭化現象がなく、また、本件建物には過去電気トラブルがなかったことが認められるから、電気配線のトラブルが出火原因とは考えられない。

(3) たばこの火の不始末

証拠(乙イ二、七、証人野々村)によれば、原告代表者らが退社した午後一一時三〇分頃から約一時間三〇分後に、本件建物に火が回ったこと、たばこの火の不始末の際通常見られる燻燃火災の特徴が見られないことが認められるから、本件火災の原因をたばこの火の不始末と推認することはできない。なお、自然発火をうかがわせる事実も証拠上うかがえない。

(四) その他、証拠上認められる事実を検討する。

(1) 証拠(甲一五、乙イ二、二一、証人忠地、同タツ子)によれば、本件建物は、本件火災発生直前には、シャッター及び窓が内側から施錠されていたこと、三男が最後に一階階段横のドアの鍵をかけて帰宅したこと、消火作業に当たった那珂川町消防署の消防司令補も、本件建物の軽量シャッターは施錠されていたと報告したこと、本件建物の一階階段横のドアの鍵は、三男が所持していたものの、その余の鍵は、管理会社あるいは賃貸人が管理していたことが認められる。

(2) 証拠(乙イ五の1ないし3、証人小林)によれば、本件火災の出火場所から採取された残存物についてのガスクロマトグラフィによる質量分析の結果と、灯油、ラッカーシンナー、クリヤーラッカーの燃焼実験を行った結果等を比較総合して、灯油が存在した可能性が強いとの検査結果が出されたことが認められる。

(五) 以上の事実によれば、本件火災の原因は、灯油を使用した放火であると推認することができる。なお、証人タツ子も証人甲野も、本件火災は放火によるものではないかと証言している。

もっとも、原告は、本件建物内には、当時二個のポリタンクがあり、三台の石油ストーブが使用されていたと主張する。

しかし、証拠(乙イ二、二一、証人北村、同忠地)によれば、原告代表者及び原告従業員渡辺タカ子は、本件火災直後に那珂川町消防本部に対し、本件火災発生の前夜ガスコンロ等の火気使用器具は使用していなかったと供述したこと、原告代表者は証人忠地に対しても同様の供述をしたこと、出火直後の本件建物内では一台の石油ストーブと二個の原型を留めたポリタンクしか発見されなかったこと、右石油ストーブから石油が流れ出し燃焼した形跡は見られなかったことが認められるところ、右事実に照らせば、原告の前記主張を採用することはできない。

また、証拠(甲一七、証人小林、同タツ子)によれば、本件建物は、原告が使用する以前は自動車整備工場として使用されていたこと、潤滑油によっても灯油と同様な分析結果が現れる可能性があることが認められるが、残存していた油が本件火災の原因であったことを裏付ける事実は、全証拠によっても認められない。

6  本件火災発生後の甲野の行動

証拠(乙イ一三の1及び2、一四の1及び2、二〇、証人北村、同甲野、同タツ子)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告大東京の従業員で本件火災の調査に携わった北村敬介(以下「北村」という。)が、本件火災当日、現場で調査中、午後四時ないし四時三〇分頃、Tシャツ、替えズボン、サンダル履き、首にタオル姿の甲野と出会ったので、同人から事情聴取したところ、甲野は、本件火災当日の朝、電話をかけても応答がないので、午前一一時頃来て本件火災を知ったこと、原告代表者らも八時頃来て驚き、今度は本当に倒産だと泣きはらしていること等を供述した。また、甲野は、北村に対し、本件建物については大した保険もかけていないから、速やかに保険金が支払われるよう処理してほしいと述べ、北村がしばらく時間を要すると答えると、自分は弁護士を使ってでも、やるときはガンガンやると述べて気色ばんだ。

(二) 甲野は、平成六年一二月、被告大東京に対して、四〇〇〇万円の保険金の支払いを求める内容証明を原告代表者名義で自ら書き、送付し、平成七年一月には、被告大東京に対して、その対応を激しく批判する書面を書き、原告代表者名義で送付した。

なお、タツ子や原告代表者は、保険金の支払について、甲野に依頼などはしていなかった。

7  本件火災当時の本件建物内の商品在庫量

証拠(甲一四、乙イ三の3、八、二一、二九、証人北村、同西島、同森永、同タツ子)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 株式会社高本損害鑑定事務所が、原告代表者及びタツ子立会いの上、その説明を受けながら、残存物の掘り返しを行い、品名、数量を割り出し、原形をとどめないもの及び単価についても原告代表者の説明を得て、損害額を算定したところ、その額は約八八〇万円とされた。

(二) 本件火災発生当時、原告会社の売上高は前年に比べて落ち込んでいたばかりか、本件火災発生前に、大口取引先である池田パン及びフランソア等に対して一部納品された。

(三) 三男が作成し、原告代表者名義で平成六年七月一八日に那珂川町消防本部に提出された罹災届中の罹災物品内訳によると、製品及び商品として合計一一一〇万円が申告されていた。

右事実が認められるところ、原告は、年間売上高が通常六〇〇〇万円近くあり、平成六年は製造量を増加していたので、合計三七六八万二六〇〇円を罹患災損害として請求することは、何ら不合理ではないと主張し、証人タツ子も同趣旨の証言をする。

しかしながら、右罹災損害の明細となる被告大東京に対する損害明細書の根拠について、書面の作成者の一人である証人タツ子は、頭に浮かぶものだけを記載したと述べるのみであり、証言内容はあいまいで変遷しており、採用できない。

二  争点1(故意による事故招致)について

本件火災の出火場所が本件建物内の作業台付近であったこと、本件建物は施錠されていたこと、原告の経営状態は芳しくなかったこと、本件各契約の締結が本件火災と近接していること、本件各契約は原告の在庫価格に照らして著しく高額な保険金額を目的として締結されたこと等の事実を総合すれば、本件火災は原告の関係者による放火によるものであったと考えられる。そして、甲野は、原告の経営に関与するようになってから、回収する見込みのない多額の資金を原告に投入したこと、本件各保険は、原告代表者やタツ子ではなく、甲野の主導で締結され、その保険料は甲野が立て替えたこと、甲野は、本件火災後原告代表者やタツ子の依頼もないのに、保険金額全額である四〇〇〇万円を被告大東京に対し極めて強い調子で請求したこと等を総合すれば、本件火災は何らかの手段で本件建物の鍵を入手した甲野による放火であったと認めるのが相当である。

この点につき、証人甲野は、平成六年七月一五日は天草に行っており、午後一二時頃天草から帰って自宅にいたと供述し、その証拠として、平成六年七月一四日、一五日の熊本太宰府間の日本道路公団の高速道路利用料金領収証を提出するが(甲一三の1及び4)、右書証は前記認定の妨げとなるものではなく、かつ甲野証言は採用できない。

もっとも、第一契約の際、本件建物の管理会社の従業員であり、原告会社の経営状況も知りうる立場にあったオフィスネットワークが、特に疑問を持つことなく、原告の商品を目的として四〇〇〇万円の保険契約を締結したこと、第二契約の締結を甲野はいったん断ったこと、被告興亜の営業担当者において原告の在庫量を把握することができた可能性があるにもかかわらず、更に四〇〇〇万円の保険契約が締結されたこと、甲野が本件建物の鍵を所持していたことを明確に認めるに足りる証拠はないことなど、右認定に対し消極的に作用する事情も存在するが、右認定を揺るがすまでには至らない。

ところで、甲野は、原告の経営に深く関与していたとはいえ、監査役にすぎず、本件建物を事実上管理していた訳でもないから、本件約款二条の「理事、取締役または法人の業務を執行するその他の機関」に該当するということはできない。したがって、被告らの同条による免責の主張は理由がない。

三  争点5(信義則違反)について

原告は、甲野の指示に全面的に従って経営再建を図るとの契約を締結し、実際、甲野の指示に従い、福糖産業を事実上倒産させたり、商品の値上げを通知したり、経営面で甲野に全面的に依存していたものである。かように甲野と密接な関係にあった原告が、甲野の放火による本件火災に基づく本件各請求を行うことは、信義誠実の原則に反し、許されないものというべきである。

四  以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから、棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官古賀寛 裁判官石原寿記 裁判官田中一隆)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例